徴兵制



ぬるま湯のような生活。

P1340200.JPG

おばのフトモモにもたれて
とろ〜り、とろける。




でも、
武器の手入れは忘れない。




目の前のフトモモで、
爪とぎ。

P1340193.JPG


 


花

 


まだまだ、
まだまだまだまだ、
続きますよ〜。
 

 

春休み恒例

留学生は見た!

7人目は

韓国のKKさんです。

 

 

 

 

 

私は韓国人であるため、21か月間の兵役を無事に済ました。日本人との初対面のとき、「おいくつですか」と聞かれ、25歳であると言ったら、最初はみんな少しおどろく。そして、「ああ、韓国ってちょうへいですよね」といつも言われるのである。あと、(特に男性から)「軍隊はどうでしたか」、「何年間ですか」など、色々質問されるのであるが、いつも同じことを言ってしまうので少しウンザリではないかと思う。でも、日本にはない制度であるから、日本人にとって興味深い話なのではないかなと思ったら、納得できる。

 



「韓国といえば徴兵制」。
たしかに、
これはうんざりするほど
聞かれる話題でしょうね。


でも、
どうしても聞きたくなる.....。


青春真っ只中の21か月、
国が近いからこそ、
彼我の違いは
あまりに大きなものに感じられます。
同世代の男性なら
なおさらでしょう。


そんな「聞きたがり」をわかってくれて、
ありがとう。
いろいろ聞かせてください。


**


ぬるま湯の日々を
きちんと、
たいせつにしたいから。

にほんブログ村 外国語ブログ(日本語)へ   

 

そして

きょうは

3月11日。

コメント

今日,友達から聞いてショックだったのですが・・・
8年前の今日,ニュース速報より早く(仙台の)お姉さまから
『私達は大丈夫だから』とメールが来て,何のことだか
解らずにいたら,姪っ子さんから電話があって
『繋がって良かった!今ひとりでどうしたらいいのか・・・。
切ったらもう繋がらないから電話を切らないで』と
泣きじゃくるのをどう助けようもなくて,歯がゆい思いを
したことをを,昨日のことのように思う・・・という話しを
聞きました。
本当に風化させてはならないと,また思いました。

  • ж∫цж
  • 2019/03/11 21:12


◇ж∫цжさん◇
この8年のあいだにもさらにたくさんの災害が起きています。正直な話、すべてを「忘れない」でいるのは、私にはムリです。でも、人災としか呼べない要素を含むこの東日本大地震だけは、別格の「事件」として、しっかり心に刻んでおきたいと思っております。/ご友人の仙台のご一家はご無事だったのですね? 細い糸のようにつながった電話の、ふるえる声を想像します。

  • ニャンタのおば
  • 2019/03/12 09:57

夫の実家が気仙沼です。あの日は千葉の自宅で高校生の娘と二人でした。猫は1匹はテーブルの下、もう1匹は押し入れに逃げました。就活中の息子が飛ぶようにして帰ってきました。
気仙沼の皆の安否が分からず、暗闇に炎のニュースを見ながら気を揉みました。数日して市内の姪からメールが届き、ホッとしました。
実家の兄夫婦は、それぞれの仕事場に居たため、なかなか会えずに避難所を探し回り、やっと会えて号泣したそうです。
実家は全壊、従兄弟たちの家も流されましたが、皆無事だったことに本当に感謝しました。
しばらくして、仙台の方から郵便が届きました。中には、両親が千葉の我が家に来た時の写真でした。送り主は夫の同級生でした。
当時、津波で流された物があちこちに辿り着き、それを探しに行った時、夫の写真に気が付き、実家は流されたと思い我が家に送ってくださったそうです。今も思い出すと震えてしまいます。

  • スカイ ベル
  • 2019/03/12 22:14


◇スカイ ベルさん◇
あの震災は何しろ被災地が広範でしたから、「大切な人がそこにいた」という体験をした人が多かったと思います。私も仙台市若林区に大切な人たちが住んでいました。都内で帰宅難民になって某施設のソファに横になりながらその地名を聞いたときの、非現実感を思い出します。/あの大混乱の中で、一枚の写真が知る人に拾われたとは、奇跡のようですね。

  • ニャンタのおば
  • 2019/03/14 10:33