ニャンタニャンタ



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ニャンタが逝った、2008年のアジサイ。


ろくな手入れもしないのに、毎年毎年、もりもりと、
たくさんの花をつけるアジサイでした。
以前住んでいた借家の庭(ニャンタに出会った庭)にあったのを、
引越しのときに、分けてもらってきたアジサイです。

なんの変哲もないありふれたアジサイですが、
浅葱から青へ、色のうつりかわりがうつくしい株でした。

ニャンタがわたしの手を振り切るように逝ったのは、6月の29日。
一日、雨がふったりやんだりする日でした。
夕方でした。

茫然自失の夜と昼をすごしたのち、
もりもりと、あふれるほど、こわいほどに咲いていたこの花を、
たくさんたくさん切って、ニャンタのからだをおおいました。

大好きだった箱にニャンタを寝かせ、
ニャンタが見えなくなるまで、薄青いこの花でいっぱいにしました。
そして、
ニャンタの赤ん坊時代を知っているアジサイのそばに、埋めました。



これは、2005年夏の、元気だったころのニャンタ。
大好きな箱で、ぐっすりお昼寝中。




アジサイは、ニャンタがいなくなってからも、毎年きれいに咲いてくれました。
それがどうしたわけか、三年目の去年、がっくりと花つきが悪くなり、
今年の春は、ついに芽吹きませんでした。

枯れた棒杭の立っている姿がかなしくて、すべて切りました。
すぐに、ギボウシやホトトギスやミズヒキやフキやらが旺盛にしげって、
どこにアジサイがあったかもわからなくなりました。


* * *


ふた月ほど前、わたし、大失敗をしてしまいました。
よせばいいのに、写真の整理をしようとして、
ブログを始めてから使い出したPhotoshopに、古い写真をそっくり移動。
そして、ハードディスクを空けるために、古いフォルダを削除。

そうしたら、ニャンタの写真が消えてしまったんです。
あんなに大量にあった写真が、ごく一部をのぞいて、消えてしまいました。

Photoshopのことを、なにか根本から誤解していたようです。
サムネイルは表示するのに、開こうとすると、「見当たりません」という。
バックアップはしてあったはずなのに、それもうまく探せない。

ものすごいショックでした。
でも、そのショックからの立ち直りは、自分でもあきれるほど早かった。

――アジサイも枯れちゃったしな。
  ニャンタはもういないよ、もう土に返ったよ、って、そういうことかな。



ニャンタが好きだった箱は、飛騨りんごが入っていた箱に、
壁紙に使った残りの山中和紙を張り重ね、柿渋を塗ったもの。
やけに気に入ってくれて、
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こんなふうに額を押しつけて「すまん寝」(くるねこ大和さん)をしていたり、

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トロトロと外まであふれ出て寝ていたり、しました。
体調をくずしてからも、この箱に入っていれば落ち着くようでした。



今でもときおり、発作のように会いたくなったり、
バカみたいに泣いちゃったりすることはあるけど、
写真については、あんまり無理して発掘しないことにしました。

――ニャンタの好きだった箱はもう土の下だけど、
  別荘として使っていたいくつものカゴは、ウリが引き継いで使っている。
  だから、いいや。

――ニャンタが好きだった庭には、グリコがいる。
  だから、いいや。

グリコは、ときどきニャンタのお墓のそばで、うっとりと昼寝をしています。
ニャンタは他猫に厳しい猫で、家の中はもちろん、
庭にも他猫の侵入をゆるしたことはありませんでしたが、
今は、もう、いいのでしょう。



もう4年も過ぎたんだねえ。
一生立ち直れないかと思ったけど、だいじょうぶだったよ。
ウリとグリコを寄こしてくれてありがとう。




てな文章をダラダラと垂れ流すことに、
いかほどの意味があるのかと、思わないではありません。
でも、今、大好きだった猫や犬やを亡くしたばかりで、
ぐじゅぐじゅのぼろぼろになっている人がいたら、言いたいのです。

――ゆっくりゆっくりだけど、
  そのうち、こんなふうに、
  だいたいだいじょうぶに、なりますよ。ダイタイですけどね。
  だから、今は好きなだけ泣いてください。


そして、世間のみなさん、
電車の中でiPodをいじりながら突然涙を流し始めるブキミな人がいても、
駅からの坂道、盛大に泣きながら自転車をこいでいるアブナイ人を見かけても、
そっと、見て見ぬフリをしてあげてくださいね。


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コメント

今日はニャンタちゃんの旅立ちの日でしたか・・・。
写真が残っていなくても、ニャンタのおばさんの心に中にはニャンタちゃんがいますもんね。

つい昨日、友人宅の飼い犬が亡くなりました。
ニャンタさんの記事を読んで、飼い主のことを思い、
さらにあの猫やこの猫の顔も次々に浮かび、
ぐじゅぐじゅに泣いてしまいましたよ。
美しい記事にしてくださって、ありがとうございました。

枯れたアジサイの跡を元気な草木がおおい茂り、
グリコさんがくつろぐ。
そんな具合にイキモノは生きてつながっていくのだなぁ。
これからはアジサイの季節にきっと、
美しい三毛さんが心に浮かぶだろうと思います。
ニャンタのおばさまに引き合わせていただいたことも、
ちゃんとお礼を申し上げねば。
ニャンタさん、どうもありがとう!

ニャンタのおば様、お久しぶりです。
肩関節の炎症によくないため仕事以外PC操作は極力避け、
毎日整骨院に通う日々です。

 1枚目の碧い花瓶の紫陽花が美しい写真だと見惚れて
しまいましたが、「ニャンタさんの紫陽花」だったのですね。
 先日私も2年前の封印していた(ホントに記憶があまり
残っていないのです)、デン子が亡くなった時期の記憶に
想いを巡らせるような出来事があって、静かな月日の積み
重ねが癒してくれていることを実感しました。

 私はまだ、ウリちゃんやグリコさんのような一緒に暮らす
子と出会っていませんが、会社の事務所に出入りする野良猫
たちがその役割をしてくれているのかもしれません。

 形をかえてニャンタさんは居るのかもしれませんね。

  • nonoji
  • 2012/06/29 13:14

ニャンタさん、アジサイに見送られて旅立ったのですね。
これからこの季節、アジサイを見たら「ニャンタさんのアジサイだ」と思い出すかもしれません。
写真がなくたってしまったこと残念です(もしかしてどこかにないかしら)が、「写真がなくたってだいじょうぶでしょ?私のことちゃんとおぼえてるよね?」なんて言ってるかもしれません。


◆みなさま、温かなコメントをありがとうございます。
 めでたくてもめでたくなくても、「猫記念日」には、お刺し身が恒例のわが家。
 きのうの晩ご飯は、ウリもグリコも、たいへんハッピーでした♪

◇Kuhkatze.Nさん
 はい、心の中にいます。けっこうかさばってます。(最盛期4.7キロ。)
 Kuhkatze.Nさんのところで、アジサイと三毛猫さんの取り合わせを見つけて、
 ふふっとうれしくなりました。
 世界はニャンタに満ちている♪(いやそれは世界に迷惑!)

◇こてちさん
 ああ、なんということ......
 ご友人にも、アジサイの季節がかなしい季節になってしまったのですね。
 でも、おっしゃるとおりです。
 ちゃんと季節はめぐって、ちゃんと命もめぐっていくんですよね。
 ニャンタのお墓のそばで、ちっちゃなヒキガエルの子を見ました。
 お隣の庭の池で生まれたのでしょう。うれしかったです。
 こちらこそ、ニャンタを失う前後のぐじゅぐじゅを、
 『猫ネコ英語』の明るいユーモアに、どれほどすくわれたことか!

◇nonojiさん
 お久しぶりです。ずいぶんご不調が長引いていらしたのですね。
 デン子さんの思い出、いつかゆっくり続きをお聞かせください。
 「形をかえて」いろんな命が私たちのまわりに出没していると考えると、
 ずいぶん世界の見え方が変わります。
 事務所ニャンズに、いい日が続きますように。
 そしてnonojiさんの肩が早くよくなられますように。

◇キウイさん
 ええ、写真がなくたってだいじょうぶです。
 カメラの機能が今ほど優秀じゃなかった昔の写真は、
 むしろないほうが、好都合かもしれません。
 わが脳内で、ニャンタは絶世の美猫に進化中♪
 キウイ家のかっとびナッツちゃんとベツヲ兄ちゃんのお話、
 これからも楽しみにしてます。

  • ニャンタのおば
  • 2012/06/30 09:09

実家在住中にイヌを、ものすごく悔いの残る失い方をしまして
その棺に入れたのは撫子でした。

命が逝き、命が芽吹き、命が巡るその中にワタシたちもいます。
写真が無くても、ニャンタさんはもうご自身の一部になっているはず。
そんな濃ゆい愛を注げる相手に出会えたことに
感謝いたしましょう。

不審な泣き人を見かけたら…一緒に泣いちゃうかも…。。。

  • 藏ゆ
  • 2012/06/30 10:02

ニャンタのおばさまの
心の中のニャンタさん許容量は無限大。
ニャンタさんに紫陽花、よく映えたことでしょう。
みんなどこかでつながっていると考えると
ほっとするというか、あぁそうかと思います。

私もいまだに三毛犬ことが毎日頭に浮かびます。
会いたいなぁと思ったりもしますが
こうやって思ったりしてるときって
案外そばにいるのかもと考えたり、
こうやって思ってるときって
今どこかで
もしかしてどこかで生まれ変わったりしているしれないあの三毛犬を
守ってくれたりする微力な力になるかもしれないと
そんな事を考えたりしています。
・・・・・とっ散らかってしまいました、失礼をば。

前の記事で「おーどウリ― へぷばーん」と
コメントしようと思っていたら、すっかり出遅れて(笑)
今回の記事にコメントしようと思っていたら
ニャンタさんへの思いと皆さまのコメントに
ぐじゅぐじゅになりモニターが見えませんよ。

とても個人的な感想になりますが
『またね、富士丸』を読んだ時の心境を思い出しました。
うまく言えませんが…
アジサイが枯れてしまったり、写真ファイルを整理したり
4年前では考えられなかったことだと思います。
いろんなことが積み重なって今につながっているのでしょうね。

皆さんそれぞれ、お花があるのですね。
ウチの先代猫「こぴお」はツツジです。
旅立った日は五月晴れの青い空に新芽の緑、
そこにピンクのツツジはとても眩しかった。
今はもう、だいたいだいじょうぶだけど
ツツジが咲く季節は、ちびっと切ないですね。



  • 2012/06/30 15:19

◇藏ゆさん
 ありがとうございます。
 いっしょに泣いてくださいますか。
 あまりのアブナサに、不審な泣き人の涙も止まるかもしれません。
 命は巡る。
 アタマでわかってもココロが受けつけませんでしたが、
 「日にちぐすり」は、確実に効きました。

◇ぽぽろさん
 モモさん、ときおり、まめきちクンの耳の間に座っていそうです。
 失うことは辛すぎることだけれど、その辛さを差し引いても、
 いっしょに過ごせたことの幸せのほうが、ずっとずっと大きい。
 だいたいだいじょうぶの、だいたい以外の部分、
 だいじょうぶじゃない部分も、ぜんぶひっくるめてヨカッタナと思えます。
 あ、わたしもとっちらかっちゃいました。

◇Aさん
 アジサイはたぶん、そばの柿の木が伸びて
 陰になったのがいけなかったのだと思います。
 花付きが悪くなった時点で取り木でもすれば助かったかもしれませんが、
 去年まではニャンタに絡むことでは何をする気にもなれず、
 グズグズしていたら、こうなりました。
 でも、結果的に、これでよかったんだと思います。
 写真のことも、なんだか、すとん、と素直に受け止められました。
 ちびっと切ない気持ちを知っていることは、知らないことよりいい!
 こぴおさんがのこしてくれた、あったかい切なさに乾杯♪

  • ニャンタのおば
  • 2012/06/30 19:17

ニャンタさん、そのうちきっと戻ってきますよ。
そしたらたくさん写真撮ったり遊んだり。。。
などと、絵空事なコメントしか思い浮かばず。
自分がそう思っちゃってるから、
ニャンタのおばさまにもつい、、、^^;;。
みなさんの様に愛情あふれる書き込みができず、
おはずかしい限りです。

こうして言葉に出したり、文章にすること、ニャンタさんが旅立った直後は思いもしなかったことと思います。
でも、折々在りし日のニャンタさんのことを綴ってくださるとほっこりとした気持ちになります。
ニャンタさん、おばさまと私たちを会わせてくれてありがとう。


◇とにゃままさん
 絵空事、信じてます。
 ウリはウリだし、グリコはグリコ、
 ニャンタそのものには、私が向こうに行くまで会えないけれど、
 向こうに行けば会えるのダって、きっぱり、信じております。
 茶猫包囲網で遅刻常習のとにゃままさんの周りには、
 今も、とにゃりんちゃんの気配が濃厚ですね。

◇まるちゃんさん
 そうでした。
 明けて翌年の年賀状すら書けず、喪中欠礼状態になってしまったヘタレです。
 でも時間がたって、こうして書けるようになったこと、
 書いたものにつきあってくださる方があること、
 ありがたいです。しみじみ、ありがたいです。

  • ニャンタのおば
  • 2012/07/02 07:17