東北旅14 舟に乗る。

旅の2日目(9月10日)

   田野畑でサッパ舟に乗る。


高台にある田野畑駅から、いざ、海を目指して歩き出す。
真新しいアスファルトの道路を下っていくと、
「ひらいが」と書かれた水門が見えてきました。
P1050243.JPG
三陸鉄道の車両を模した監視小屋のようなものが乗っています。
おや、かわいいじゃないの、と近づいていくと、
あ......

窓が破れている。
外階段の手すりも、ひしゃげている。

津波だ。
津波が壊したんだ。

頭上はるか、見あげる高さです。
割れた窓ガラスの痛々しさと、その高さ。

しばらくぼうっとしていましたが、
このまま、この気分のまま3時間も過ごすのはよくないな、と思う。

駅でもらってきたパンフレットにサッパ舟なるものが載っていました。
要予約、2名様以上と書いてあったのであきらめていたのだけれど、
ダメモトでパンフレットの番号に電話してみることにする。
(ケータイ持っててよかった、と、人生で2度目ぐらいに思いました。)

電話すると、レンジャーだというキビキビした女性がキビキビと――
「今、平井賀の水門ですか?
 あと10分ほどで舟が出ます。
 目の前にトンネルがあるでしょう?
 それを抜けたとこにあるホテルの前から舟が出ます。
 がんばれば間に合うかもしれません。
 がんばってください!」

え、あ、お......
トンネル、苦手なんですけど。
(単線鉄道のトンネルは、好きだが。)

むー。
でも、がんばってくださいと言われたのだ。
がんばることにする。

トンネル嫌いが幸いして、半ば駆け足で長いトンネルを抜ける。
出口脇のホテルを回り込むと、前が小さな港になっていて、
そこにオレンジのライフジャケットを来た小さな人群れが見えました。
「安全のために」と書かれたフリップを片手の女性が
私を見て、「よくがんばった。」というふうに、うなずいてくれる。

どうやら時間かせぎをしてくれていたようです。
私は安全講習ぬきで、すぐにジャケットを着せられて、即、出港。


サッパ舟はとても小さなボートです。
船頭さんが船尾に立って舵とエンジンを操りながら、案内をしてくれるのです。
P1050329.JPG
船頭さんは、現役の漁師さん。
舵を握る手が、カッコイイ。


P1050257.JPG
奇岩の連続。

P1050264.JPG
外海には白い波しぶき。


とある入り江に入っていくと――、
P1050266.JPG
わかりますか?
波受け堤防です。
画面向かって右は、津波に耐えた部分。
左半分は、「ころんだ」部分。

P1050271.JPG
回り込んで近づくと、その大きさに圧倒されます。
津波は、こんな巨大なコンクリートの塊を「ころばせた」のか。

完全に裏返し。
デコボコした面は、ほんらい海底に接していた部分です。
P1050273.JPG
しかし。
見あげる大きさとはいえ、これはほんの小さな入り江の堤防です。
万里の長城にたとえられていた、あの田老の堤防は、
いったいこれの何層倍の規模だったのであろうか。
そして、それをも、津波はあっさり破壊しさったのだ。


この入り江は、机浜というところだそうです。
エンジンを止め、揺れる船の上で船頭さんが説明してくださいます。
手には、机浜の、震災前の姿を写した写真。
P1050269.JPG
机浜番屋群という、漁のための作業小屋がたくさんあったのが、
津波でぜんぶ流された。
レトロな雰囲気で、観光客にも人気が出始めていた矢先だった。
――漁師さんの口ぶりに、くやしさがにじみます。

帰ってから調べてみたら、とても魅力的な場所だったようです。
行ってみたかったなあ。
でも、いま、その再生プロジェクトが、力強く進行中。
サポーターと共に、津波で埋まった井戸を掘り直したり、何だかたのしそうです。
フレー、フレー、机浜!


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明日はいよいよ(やっとで)最終回。
サッパ舟アドベンチャーのつづき!

その前に、「ころんだ堤防」を見て考えたこと(↓)、
お時間ありましたら、お読みください。

**

地震列島日本の沿岸各地で、巨大防潮堤の建設が計画されています。
ことに、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北太平洋岸では、
環境アセスメントも不十分なまま、一部では根拠もあいまいなまま、
ものすごい規模の(かなり乱暴な)土木工事が進められています。

実際に、巨大な堤防が村を救った事例もありましょう。
でも、堤防ゆえに、かえって被害が拡大した場所も多かった。
堤防を過信して避難しなかった人がいたり、
そもそも危険な低地に、住宅や工場が密集していたからです。

私たちはいつのまにか、住むべきではないところに進出してはいなかったか。
浸水域は自然に返すという選択肢も、認めたほうがいいのではないか。
その土地に家があり思い出がありそこが故郷だった人たちの気持ちを思うと、
情け知らずな言い方になってしまうけれども、
百年先、二百年先のことを思えば、住むのをあきらめるのが賢いのではないか。


机浜の番屋群も、かつての津波で住むのをあきらめ、
家は高台に上げ、作業のための小屋だけを残したものだったそうです。
だから番屋は失われたけれど、家や家族の被害は少なかったとか。

巨大構造物を築いて海の見えない海辺の町を作ることが正解とは思えません。
机浜のように、働く場所は、ある程度危険のあるところに残してもいいでしょう。
そこで働く人たちは、いざとなれば機敏に逃げることができる人たちですから。
小さい津波や高潮を防ぐための堤防と、避難塔などをきちんと備えた上で、
海辺には、働く人のための町を再建する。
そうして、住宅などは、波の届かない場所に後退させる。

そうすれば、自然海岸を残すこともできます。
コンクリートで固められた海岸には、魚も寄り付かないだろうし、
海水浴客も、観光客も、訪れないでしょう。
巨大堤防の建設で、いっときは雇用が生まれるとしても、
持続的な雇用の維持はできません。
それどころか、巨大構造物の維持には果てしなく費用がかかるでしょう。
漁や観光業が長く続くことのほうが、経済効果は高いはずです。

そもそも海岸はニンゲンだけのものではない。
さまざまな動植物にとっても、沿岸部の自然は必要です。

どんなに巨大なものを作っても、数百年に一度の津波は防げないとすれば、
防ぐことをあきらめるのが、いちばん賢いことのように思えてなりません。


自然を破壊する復旧はほんとうに復旧なのか?=永幡嘉之さんの話
大船渡吉浜地区の「職住分離」の成功例=岩手日報の記事
なぜそこに堤防が要るの?=巨大防潮堤建設再考を願う署名活動


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