2011.11.01 Tuesday
今日はウリ記念日。
2008年にせんはちねん11月じゅういちがつ1日ついたち、木枯こがらし一号いちごう(※)が吹ふいた日ひ、
神社じんじゃの境内けいだいで、灰色はいいろの小ちいさな猫ねこが、私わたしに声こえをかけました。
やせて、よごれて、お腹なかをすかせて、不安ふあんでいっぱいの、
小ちいさな灰色はいいろしましま。
ニャンタを亡なくしてから、そのとき、まだ4か月よんかげつと少すこしでした。
私わたしは、もう、猫ねこを飼かうつもりはありませんでした。
……まだ、猫ねこと暮からす元気げんきが、ありませんでした。
でも、その猫ねこは、うちに来きました。
そして、今いまも、います。
ウリ、うちに来きてくれて、ありがとう。
11月じゅういちがつ1日ついたちは、わが家やの大切たいせつな記念日きねんびになりました。
※「木枯こがらし一号いちごう」は、風かぜの名前なまえです。
冬ふゆが始はじまることを知しらせる、風かぜです。
* * * * * * * *
境内の石灯籠の陰から、「ひっ」とも「あっ」ともつかない、奇妙な声が聞こえたのでした。
何? 今の、何?
鳥か獣かもわからない、細い声。
うすよごれた灰色の小さな猫が、灯籠の陰から、顔を半分のぞかせていました。
私は、とっさにかがみこんで手をさしだしました。
そしてその猫がおずおずとこっちに出て来ようとしたつぎの瞬間、
私は、また、あわてて立ち上がり、背を向けてずんずん歩き出していました。
まだ、いやだ。
まだ、さわりたくない。
やせて、よごれて、ヨタヨタしているけれども、
それでもあんなふうに生きて、息をして、鳴いている猫なんか、
さわりたくない。
ニャンタはもういないのに。
ニャンタは、死んで、息をしてなくて、動かなくて、土の下なのに。
うまくことばにはできないけれど、そんな気分でした。
それでも、さすがに気になって、立ち止まりました。
ふりかえりました。
杉木立の、節高い根っこを、短い足で乗り越え乗り越え、
小さな灰色しましまが私を追ってきていました。
耳をいっぱいに後ろに引きつけて、やせた三角顔をますます三角にして、
ものすごい形相で追ってきていました。
私が立ち止まったことに気づいて、その猫もぴたりと止まりました。
たまらず、その場にへたりこみました。
へたりこんだ私のひざをめがけて、猫が走ってきました。
* * *
チタパタとはしゃぐので、あぶなっかしくてなりません。
リュックにつめて、自転車の前カゴに入れて、家に連れ帰りました。
汚いし、やせてるし、息はくさいし、耳はダニで真っ黒でした。
若いくせに息のくさいのが気になる。
目の色もなんだか異様に濃い琥珀色。
耳も何とかしてやらなくては。
とにかく、とりあえず、病院へ連れて行こう。
うん。それくらいは、してやろう。
そして、病院で言われたのです。
――ああ、このコ、ニャンタちゃんが亡くなったころ生まれてますねえ。
ニャンタの生まれ変わりかも、なんて、そんなあほなことは考えませんでした。
でも、ニャンタが派遣してくれたのかも、とは思いました。(同じぐらいあほですね。)
その日、仕事だったオットは、飛ぶように帰ってきました。
電話では、「ニャンタ以外は要らないから!」と言っていたくせに、
一目見るなり、「決定!」と宣言しよりました。
背中に、縦の三本縞がありました。
だから、瓜坊のウリです。
それと……、urinaryのウリです。
* * *
捨て猫じゃなくて、迷子かもしれない、とは思ったのです。
だから病院から帰ってすぐ、チラシの準備も始めたのです。
でも、その日のうちに、これは捨て猫だな、と確信しました。
布団に上がると、スイッチが入ったように猛然と砂かき動作が始まり、
そして、……オシッコをしてしまうのです。
止める間もあらばこそ。
トイレはすぐに覚えました。
だから布団をトイレにしているというわけではありません。
でもマーキングというのともちょっと違う。
とにかく、布団に上がると、「しなければいけないことをする」という感じで、ちー。
寝室の前に2メートルを越す鉄壁の要塞を作りましたが、
子猫のことですから、じつに身軽に乗り越え、くぐりぬけ、布団に上がります。
当地の冬は、幸いなことに晴れて乾燥した日が多いのですが、
それでも間が悪いときは、夜、寝る布団に事欠くような事態になりました。
――ああ、これは捨てられたんだな。
確信しました。
前の飼い主が、もしお年寄りだったりしたら、布団を洗うにも干すにも、重労働でしょう。
これでは飼い切れまい。(それだって許す気にはなれないけれど!)
というわけで、瓜坊のウリ、そして「ちっち」のuriです。
でもね、去年の秋ごろを最後に、そのあとは一度もおそそをしていません。
いい子です。
脳みそのしわが、ちょこっと増えたらしい。
当初、絶望的に悪かった肝臓の数値も持ち直しました。
「申しあげにくいことですが、一歳の誕生日は迎えられないかもしれません。」
なーんて、なにやら難しげな病名を宣告したお医者は、面目をつぶしました。
もう息もくさくないし、瞳の色もきれいです。
1年でおそろしいほどの医療費がかかりましたが、
わが家はとても明るくなりました。
布団を洗って干して洗って干して、結局買い換える羽目になりましたが、
やわらかな、温かな灰色のかたまりが家の中にいる幸せには、かえられません。
一度は背を向けた私を懸命に追いかけてきた、あの杉木立の中の小さな姿、
それを思い出せば、あやまるのは私のほうです。
今でも「あっあっ」と変な声しか出せないけど、
ウリはわが家のだいじな猫です。
* * *
この2枚の写真は、自慢のたからものです。
ひざに乗るのがあまり好きではないウリが、めずらしく自分から乗ってきた。
そしてそのまま眠りこんだ。
さらにそのとき私がカメラをもっていた!
という、奇跡のたまものなのです。
今あらためて撮影日を見たら、2008年11月3日となっていました。
わずか3日で、あの三角顔がこんなに?と狐につままれた思いです。
ニャンタのおばさまが立ち止まる場面は、
何度うかがっても涙が出ます。
ウリちゃんのウリは瓜坊のウリで
uri のウリじゃないよね、ウリちゃん。
もうお粗相なんてしないもんね。
瓜売りが瓜売りに来て瓜売り残し……
みたいになっちゃいましたけども。
こんなことでも書かないと涙が止まらんのよ、
ねえ、ウリちゃん、茶化したようだけど許してね。
灰色のかたまりとそれを包むすべてに幸あれ!