2012.03.30 Friday
薮内正幸美術館
薮内やぶうち正幸まさゆきさんという方をご存じでしょうか。
動物画家です。
名前はごぞんじなくても、その絵を一度でもごらんになった方は、多いはず。
たとえば、サントリー愛鳥キャンペーンの、大判のポスターや、新聞広告。
(サントリーのHP内のこちらに、作品のアーカイブがあります。)
このキャンペーンは、企業の意見広告として画期的なものでした。
1973年から十年以上の長きにわたって展開されていましたから、
当時すでにモノゴコロついていた方なら、一度はお目にとまっているのではないかと。
たくさんの児童書や絵本にも描いていらっしゃいます。
岩波書店の斎藤惇夫作『冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間』や
『ガンバとカワウソの冒険』などの挿絵に胸躍らせた子どもも、多いはず。
それに、福音館書店の「どうぶつ絵本」シリーズの数々。
さらに、何かというと「広辞苑によれば」と引き合いに出される、あの『広辞苑』の、
動物関連の挿絵は、すべて薮内さんです。
つまり日本の動物画界の一大巨頭であり、先駆者でもあった方。
その絵は単に緻密・細密であるだけでなく、何より「正確」でした。
動物学、動物行動学などの専門家をうならせる、正確無比の絵を描く方でした。
生態はむろんのこと、骨格や筋肉の動き、羽毛の構造までを熟知していたからです。
だから、写真では決して撮れない行動、姿態、瞬間を、絵にすることができました。
実際には見たことのない行動でも、描けました。
現実に見ることは不可能なアングルからでも、描けました。
こんなカッコや、
こんなカッコは、お茶の子。
――というスゴイ方なのですが、
なぜにとつぜんそんなスゴイ方の話を始めたかというと、
不肖わたくし、そのヤブさんを、ナマで存じあげていたからです。
今思えば、なんたる稀有な幸運であったろうと思うのですが、
20代のぴーひゃららな若造であったころの私は、
ヤブさんに会うのがただただ楽しくて、東京は荻窪にあったご自宅に通いつめておりました。
それには、奥様である戸田杏子さんのタイ料理がべらぼーにおいしかったからというのもあります。
戸田さんは戸田さんで、これまた多彩な顔をもつ女性でしたが、今は触れません。
なんでそんなスバラシイご夫婦と知り合えたかという話も、長くなりますのではしょります。
ヤブさんは、雑然とした、にぎやかな場所で描くのがお好きで、
まわりでワカゾーどもが戸田さんのタイ料理を食らい、ビールを飲みしているわきで、
茶の間の食卓に画材を広げ、うれしそうに、楽しそうに、描いていらっしゃいました。
しょうもない駄洒落を連発しながら。
福音館の本の中に、『なにのこどもかな』というのがありますが、
その絵を描いていらっしゃるところに行き合わせたことがあります。
――これはね、「何の子どもかな」と発音するんじゃないんだよー、
「ナニの子どもかな?」って読むんだよー。どっひゃっひゃ。
とスケベそうに笑いながら、イノシシのお母さんの額の毛を1本1本描いていました。
駄洒落の才は、絵の才能ほどではなかったようです。(大阪モンでいらっしゃいました)。
そのヤブさん、あまりにも早く、60歳であっさり亡くなってしまいました。
2000年6月のことでした。
以来、もう、あたらしい絵は生まれません。
でも、その原画を、どかっとまとめて見られる場所があります。
薮内正幸美術館です。
縁のあったサントリー白州蒸留所の、すぐわきにあります。
冬季休館で、3月中旬に開館。
今年も、春が来て、オープンいたしました。
館長をつとめているのは、息子さん。
ひょうひょうとした話しぶり、まじめにおちゃらけるその態度、
ヤブさんを彷彿とさせます。
館長日誌も、おもしろいですよ。
春のお出かけに、山梨方面を予定なさっている方は、ぜひ。
バードウォッチングが趣味の方は、
お手持ちの図鑑が、ひょっとしたらヤブさんの絵かもしれませんね。
ぜひ、その原画の魅力に触れてください。
林の中にたたずむ、こじんまりとした居心地のいい美術館です。
お土産になるグッズも、なかなか楽しいものがそろっています。
ウリのこんな顔とか、こんな指先とか、描いてほしかったなあ。
春は