言う。


言うことは言っときなさい。

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はい。

私は、日本語教師です。
外国人留学生に日本語を教えています。
留学生の目を借りて日本語のあれこれを考えることが好きです。
好きなことをしごとにしていられて、しあわせです。

しごとのないときは、猫とのほほんとしているのが好きです。
のんきに猫と暮らしていられて、しあわせです。

このブログは、その好きなもの二つを使って書いています。
でも、きょうは、いつものようにお気楽な記事を書くことができません。

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能天気が身上のブログで、こんなことを書くのは見当違いかもしれない。
だいいち、こんな弱小ブログが何を書こうと、
猫の耳にとりついたダニ1匹ほどの力もないでしょう。
でも、何事もなかったかのように通り過ぎてはいけないと思いました。

日本、あるいは日本語を好きだと言ってくれる人たちがいなければ、
日本語教師という職業は、成り立ちません。
だから、書いておくことにしました。


私は、
安倍晋三首相のやっていることに、
断固、反対です。


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理由は3つ。
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※理由につづく。(↓)
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東京五輪の活用法!


みなさん、こんにちは。

庭猫グリコだわよ。

この冬も元気に乗り切った、えらい猫だわよ。

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えらいグリコの庭にも春が来ました。

それはめでたいのだけれど、

春は各地で子猫が生まれる季節でもあります。

そのすべてが祝福されるのであればよいのですが、

現実はそうではない。



「野良猫」という生物は、ニンゲンが作ったものです。

ニンゲンが責任をもたねばなりません。

トーキョーも、始めませんか?

殺処分ゼロ!

東京五輪の招致にはどうにも疑問符が消せずにいた私ですが、

そうか、こんな活用法があったか♪



2020年までに

東京を「世界に恥ずかしくない都市」にしましょう。

ペットショップの売れ残りや、飼育放棄された犬猫を、

税金を使って殺すなんて、そんな野蛮な都市ではイケません。

けんた  ぬこ  けんた  ぬこ

TOKYO ZERO キャンペーン


この中に署名サイトに飛ぶリンクがあります。
 ぜひ、あなたのお名前を加えてください。
 ペットショップという「蛇口」をしめない限り、
 殺されるために生まれてくる命は救えません。



※この運動は、猫ネコ英語のこてちさんに教わりました。
 
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賞金の使い道


濡れ手に粟の五千円。

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ふっふっふ。

何に使おうかな。


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何の話かといいますと、
ほら、例の、☆岩合さんにいただいた賞金のお話。

まさに棚ぼたのあぶく銭であります。
たまには千円越えのワインを買うか♪などと浮かれてみましたが、
もとはといえばウリすけの稼いだお金。
ここはウリに還元すべきなんでしょう。

けれども、このひと、ちょっとおいしいものを食べるとすぐ脂身になる。
動物病院でまた「エコーが撮りにくい」などと言われてはかないません。
(→☆それを言われた時の話。)

ですので、ウリ(とグリコ)にはシーバをちょびっと進呈しまして、
お金のほうは、めぐりあわせの悪い犬猫に寄付することにしました。
正確には、めぐりあわせの悪い犬猫を助けるために奔走している人たちに。

寄付先は、



わがふるさとにも、こんな保護活動をしている団体があったのです。
保健所ともうまく連携し、
市役所の地下を借りてはせっせと譲渡会を開催し、
なんとわずか半年で100匹もの犬猫に「おうち」を見つけたそうです。

ペット産業の闇でくるしむ動物たちや、家のない犬猫をめぐっては、
各地から耳をふさぎたくなるようなニュースが聞こえてきます。
東北の被災地では、いまだに行き場のない「元ペット」たちが
さまよっています。

自分にいったい何ができるのかと、ものすごい無力感にとらわれるし、
無力感のあまり、いっそ何も知らなかったことにしたくなります。

でも、だから、ここは開き直りましょう。
自分に縁のあるところを応援する。
たまたま知ったところをひいきする。

それでいいではありませんか。

みんながてんでに、それをすればいいのですもの。

それから、もうひとつ――
日本人の心性からしますと、
「私はここに寄付しましたぁ。」などと高らかに呼ばわるのは
みっともない、はしたないことかもしれません。
でも、私はそれもやったほうがいいと考えています。

へえ、そんな団体があったんだ、って、
世間に知られるだけでもいいことですもん。

私は、わがふるさと高山市が、一日も早く、

殺処分ゼロを達成した町になってほしい。

だから、アニマルレスキュー飛騨を応援します!


というわけで、5千円会員でいいや、とケチなことを考えていたんだども、
今回の5千円を上乗せして、今年度は1万円会員になるのだえっへん。


太っ腹〜!

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太すぎないか、そのお腹?


これからも応援、よろしくお願いします!
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ぽちっとな!

生える伸びる咲く


植物のタネって、つよいんですね。
埋蔵種子とかシードバンクとかいうらしいのですが、
発芽のチャンスが来るまで、何年でも何十年でも待つ、
そんな力があるのだそうです。

有名なのは大賀ハスでしょう。
なんと2千年ものあいだ、ひたすら眠っていたそうな。

そうして、ある日、
頭上をおおっていた土が取り除かれ、
お日さまがさしこみ、水がからだにしみわたると――



伸びる、伸びる、伸びる!
空に向かって、伸びる!
飛ぶ虫に向かって、咲く!


*

2011年3月11日の東北太平洋岸。
津波がもたらしたものは、破壊だけではなかったのです。

いや、ヒトにとっては、破壊でした。
おそろしい、破壊でした。
でも......

どうか、こちらをご覧になってみてください。

ある農地の復旧まで
(※)

何十年も前に埋め立てられて農地になっていた場所です。
津波は、「もとの自然」を見せてくれたのでした。
そうして今、農地が「復旧」されようとしています。

淡々と並べられた、しずかな、うつくしい、写真。

何をどう考えるべきなのか、
わたしには答えがわかりません。
どうかご覧になって、
いっしょに考えてくださいませんか?


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来週は日本語屋にもどります!


※『巨大津波は生態系をどう変えたか』(こちらに感想文)の著者、
 永幡嘉之さんのブログ「世界のブナの森」の、3月11日の記事です。
 2011年の夏から、今年3月11日までの、ある「農地」の記録です。


あしたで3年。


あすは3月11日。

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まる3年がたとうとしています。
私は何をしてきただろうか。

あの年の夏の終わり、仙台に用があった「ついで」に、
途切れ途切れのバスと電車を乗り継いで、石巻までは行きました。
行ってはみたけれども、駅のあたりをうろちょろしただけで、
もうイッパイイッパイになってしまって、仙台に逃げ帰りました。(

つぎは2年半たった去年の秋。
ようやく、北三陸を宮古まで南下する旅をしました。(
のんきな物見遊山でした。
いろいろなものを「見た」だけです。
なのに、それでも動悸が早くなるようで、
遠野に転がり込んでから、やっと息をついたという不甲斐なさ。

つまりは、3年間、私は何もしてこなかった。
のんべんだらり。
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せめて電気はなるったけ使わないぞ、とは思っていて、
家の契約アンペアを下げた。
家のトイレの温水や便座暖房はあの日以来、一度も電源を入れていない。
駅のトイレなんかで見かける、手を乾かす器械は、横目でにらみ倒す。
あとは、あ、電車とかお店の暖房が効きすぎてるって思ったら、
面倒がらずに駅員さんや店の人に文句言うようにしてますぅ。

ええと、ああと、......む、それだけだ。

ちっせえ!

あ、そうそう、東北食べる通信ていうのの購読を始めましたな。
うむ、小さいかもしれんけれども、一歩は一歩であるな。
食い気優先の一歩だけれどもな。

それと、もともと虫とか葉っぱとか鳥とかを見るとニマニマする体質なので、
津波が引っ掻き回した後の自然には、早い段階から興味がありました。(
で、その関心の流れから、このごろようやく一般の話題にもなり始めた、
巨大防潮堤の問題について、改めて勉強を始めました。

うん、この1年の(私の)変化はそれだな。
その中で気づいたことがあります。

こんなふうに、
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のほほんとしていられるのは、
何かの決断を迫られずに済んでいるからだ、って。
たとえば、「お前の家の前の浜に防潮堤を建ててやることにした、
さあ、否か応か返事をせよ!」と迫られたら、
陽だまりで昼寝する猫を愛でているわけにはいかなくなるのです。

仲よしだったお隣さんと意見が対立するかもしれない。
お世話になってる親戚のおじさんとケンカになるかもしれない。
声の大きいあの町内会長さんににらまれてしまうかもしれない。
そうなったら村の道を歩くのにも、ドキドキしなくちゃいけなくなるのです。

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そんなの、いやだ。

ただのんびり暮らしていたいだけなのに。

*

3年たって、被害のあったところも、なかったところも、
自然災害だけ(!)だったところも、原発事故にまきこまれたところも、
いろいろな決断を迫られているコミュニティがたくさんあります。

防潮堤にせよ原発関連のあれこれにせよ(さらには辺野古も!)
考えたくもないことを考えさせられる。
決めたくもないことについて、さあどっちだ?!と、迫られる。
どっちでもいいです、と逃げることさえ許されない。

そうして、地域社会がギスギスしたり、分断されたりする。

いずれもとつぜん頭上から降りかかった問題です。
諾否を問うこと自体が、コミュニティを破壊する凶器になっているのです。
そのことを、わが身にひきつけて、想像しなければならないと思います。

住むところをはじめ、諸事まだまだ「仮設」という不安定な生活の中で、
こんな精神的負担が、被災地の人々の心をへし折る最後の一撃にならないか。
そんな視点からも、東北のことを考え続けていたいと思います。

考える。
それって、直接には何の役にも立たんよなあ。
でも、でも、せめて......と思います。


にほんブログ村 教育ブログ 日本語教育へ※今週は文型の勉強は休みます。



ついでながら、この防潮堤問題は、東北太平洋岸だけの話ではありません。
一気呵成に「国土強靭化」をめざし、
全国の海岸で、計画が動き始めているのだそうです。
鎌倉の海岸にも、静岡の浜辺にも。
――コンクリの護岸に囲まれた日本列島!
わたしはそんな島に住みたいとは思いません。
国土を守る、とは、面積の維持だけではないはずです。
ワガコトとして考えはじめないと、手遅れになります。
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番外編:選挙活動


ふあ〜ん。

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なんだかこのごろ、
ちまたにむき出しの乱暴なことばが飛び交っている気がする。
言いたいことを言いたい放題。
言っちゃいけないことを、言っちゃいけない場所で、
言っちゃいけない人が、平気で口にする。
――傷つく人がいることを重々承知の上で、そうしているみたいだ。

言論の自由というのとは違うと思う。

東京は雪です。
都知事選の投票率、下がるのかなあ。



この冬、東京の電車やビルの中は、コートを着ていると汗ばむほどです。
街のイルミネーションも、まことに、きらびやかです。
あまつさえ、国会議事堂のライトアップが再開されたそうです。
そんな状況に、心がざわついて、ざらついて、なりません。

節電の必要は、もうない、というのでしょうか。
原発を動かさないと燃料輸入がかさんで日本経済を圧迫するとか言うけれど、
無駄な電気を使わなければそれですむことなのではないのでしょうか。
私には理解できません。

みんなで、福島のことを忘れようとしているとしか、思えません。

そんなとき、
『いつか帰りたい ぼくのふるさと〜福島第一原発20キロ圏内からきたねこ』

著者の、大塚敦子さんからメールをいただきました。


福島を忘れないでいるために、できることがあります。
大塚さんからいただいたメールとともにご紹介します。

別館「この人が好き♪」を更新しました。

ご覧いただけたら、うれしいです。

ほんとに、不安。
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ほしいもの



ウリのほしいものは、

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世の中はクリスマス・ムード一色。
街にはイルミネーションが輝き、
プレゼントが交換され、
高いワインが抜かれ......

ああ、ちょいとお待ちを!
そのワインをちょっとお安いのにしてですね、
浮いたお金で、困ってる猫らを温める方法がありますのよ。
あなたの心も温もること、請け合い。

にゃんこはうす福島被災猫シェルターのほしい物
 福​島被災​ペット​救援​保護に​ゃんだーガード​救援隊のほしい物
 動物いのちの会いわてのほしい物
 ふんばろう動物班

焼け石に水かもしれない。
根本の解決にはならないかもしれない。
けど、自分が楽になるために、でもいいと思うんです。
上のリンクを、一度のぞいてみてください。
ワンコインあれば、餓えて凍える命たちに、支援物資を送ることができます。

*

保護活動に奔走する現場の方々のご苦悩は、いかばかりか。
真剣に考え出すと、くるしくなります。
焼け石に水どころか、悪循環をまねいている、という見方もありましょう。
置き餌や撒き餌をすることで、野猫・野犬状態の繁殖率を高めてしまい、
結果、不幸な子犬や子猫を増やしてしまうことも、当然考えられるからです。

でも――、
どう理屈をつけても、目の前で苦しんでいる命を見捨てる理由には足りない!
そんなお気持ちで踏ん張っていらっしゃるのだろうと思います。

そんな過酷な現場に出るだけの勇気も根性もないワタシは、
せめて後方でちっぽけな応援の旗を振っていたいと思います。

*

もし、お小遣いの使い道に迷うようなことがありましたら、
ぽちっと、サンタ役をつとめてみるのも、悪くないんじゃないでしょか。





東京神楽坂で見つけた、クリップになるぬいぐるみ。
この無駄づかいを反省して、缶詰を2個、送ってみる。




 

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※いよいよ暮れも押し詰まってまいりました。
 ろくに仕事なんかしていないんですけれどもね、
 なぜか気ぜわしい。
 きょう以降、年内は文型のお勉強はオヤスミにいたします。
 
 皆さまもあれやこれやとお忙しいことでしょうが、
 合間のひと休み、あれこれのヨタ話におつきあいくださいませ。

やればできるじゃないか。


 

迅速、果断。

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なぜ、やらぬ。

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あの3月11日から、1000日。
3度目のお正月がめぐってくる。
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東北旅7 釜石の麺鉄鹿

旅の3日目(9月11日)

  釜石駅前到着


そもそもこの旅の使命は、釜石でラーメン食べる!なのであった。
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その目的のラーメン屋さん、「こんとき」(仮設店舗)。
ラーメン500円。
写真は、★こちらにおいしそうなのがございますゆえ、ご覧あそばせ。

ラーメンもさりながら、ここはお店の空気が、美味!
娘さんらしきチャキチャキした女性が注文を取り次ぎ、
お父さんとおぼしき人が勇ましくそれを受け、
受けたと思うとしばしば受けそこなって調理場の女性陣に叱られている。
そんな空気といっしょに目の前に運ばれてきたラーメンは、
ひと口すするごとに、「元気」がお腹に満ちていく気がしました。

さるほどに、お腹は元気でいっぱいになって、ミッション完了!

あとは遠野に向かうだけ。
釜石―遠野間はかなり列車の本数もあるし、時刻はまだお昼を回ったばかり。
急ぐことはありません。

街をぶらつくか、もそっと観光客らしいことをするか。
こういうときは、素直に観光案内所というところを利用しましょう。
たいてい、使い勝手のいい地図がもらえますし。
で、案内所で勧められた鉄の歴史館に行ってみることにしました。

(中略。
 この歴史館について書こうとすると、どう手加減しても悪口にしかならぬ。
 ゆえに、中略!)

歴史館から駅にもどるバスを適当なところで降り、
もらった地図を頼りに、駅まで歩くことにしました。
途中でぶつかった川が、思いのほか澄んでいることに驚く。
釜石は、河口近くの、しかも鉄の町です。
そう思って濁ってよどんだ流れを想像していると、大間違い。
さらさらと流れる川は、底の小石まできれいに見えているのでした。

その川をはさんで駅の方を見る。
なんとも不思議な山が目につきました。
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ああ、もうLUMI子2号ったら、使えない子!

どうがんばってもこれ以上写せなかったんですが、
右手の、てっぺんが妙にまっ平らの山がおわかりでしょうか。
テーブル状になった山頂直下は、垂直の崖になっていて、
そこに縦のしわが何本も走っています。
たとえればビスキュイを側面に貼りつけたケーキ、あんな感じ。

ただしビスキュイケーキの愛らしさはみじんもなくて、
その裸の壁は、土とも岩ともつかぬ、赤みを帯びた鈍色。
1本の木も見えず、命の気配が、ない。

とにかく、異様な、威容。
不気味なんだけど、魅力的。
なんかこう生理的にすごくイヤなんだけど、目が離せない。


と、川に面した小料理屋さんの戸が開いて、職人さんが出て来ました。
仕込みを終えて、一服というところでしょうか。
ちょっと怖そうな人だけど、聞いてみる。
「あのー、あの山はいったいどういう山ですか?」

怖い人じゃなかったデス。

製鉄所から出るくずをノロカスって言うんだけどね、それを捨てた山。
鉄の混じったドロドロしたのを、山の上まで運んでって、
そこでがーっとぶちまけるんだね。
あの縦のしわは、そのぶちまけたのが流れた跡なわけよ。
トロッコみたいなもんで運ぶらしいな。
なんでわざわざあんな上まで運ぶのかって、
そりゃ、平地が少なくて、ほかに捨てる場所がなかったからでしょ。


へー。

「ぶちまける」「流れた」というのですから、山の上に運ばれた時点でも
まだノロカスは熱を持っているのでしょう。
ぶちまける瞬間、火が走るんじゃなかろうか。
すさまじい光景だろうなあ。
イヤだ。
イヤだけど、見てみたい。

そーれは、無理。
今どきそんな危ないことしてるわけないっしょ。



というような説明を受けている間、どうも視界の下の方で何か動くものがある。
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え?!


驚く私に、職人さん、「ほれ、そこにも。」

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えぇえ〜〜!

いやいやアナタ、釜石ったら、鉄の町でしょ。
鉄鋼業ったら、重厚長大産業の雄でしょ。
そのど真ん中で、ええと、アナタ、鹿ですよね?
何を当たり前な顔してのんきにもしゃもしゃ食べてるんですか。
このLUMI子が望遠使わなくても撮れるようなとこで!


大型トラックが疾走する橋の下。
ママ鹿とバンビ。
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その橋の上から、さっきの料理屋さんを振り返ってみる。
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近すぎですってば。
ここは奈良公園ですか。


自転車で橋を渡ってきた男性が、私が驚いているのを見て、大いに喜び、
行き過ぎたのをわざわざ引き返してきて、いろいろ教えてくれる。

震災前からいたよ。
中州のあのへん、ヤブがわさわさしたとこに住んでるね。
いや、山から下りてくるとかじゃなくて、ずっと朝から晩まで住んでる。
震災前は20匹か、もっといたかな。
津波はこの橋まで来たからね、連中も少しは流されたんだろうね。
かわいそうに、ちょっと減ったね。
でも今でも10匹ぐらいいると思うよ。
ほら、あれなんか、今年生まれだよね。
かわいいでしょ。かわいいんだよ。


川原の鹿たちはあくまで野生の鹿。
市民は目を細めて見守りながらも、餌付けなどはしていないようでした。
餌付けさえしなければ、爆発的に増えてヒトに嫌われたりもしないでしょう。

いいもの見ちゃったな。

**

釜石、すてきです。

体内のモノサシがくるうほどの、デッカイ、デッカイ、製鉄所の建物。
元気な仮設商店街に、おいしいラーメン。
町の背後には異様な迫力を見せるテーブルマウンテン。
しかも、そんな鉄の町に、澄んだ川があり、野生の鹿がいる。
工場萌えの人たちを取り込むような見学コースと組み合わせれば、
かなりの観光客を呼び込めるんではないかなあ。

LUMI子2号と私の腕ではその魅力が伝えきれませんが、
なかなかおもしろい町だと思いました。

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※タクシーの運転手さんに聞いた話につづく。
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東北旅6 代行バスの窓から

旅の3日目(9月11日)。

   宮古駅前⇒道の駅やまだ(岩手県北バス)
   道の駅やまだ⇒釜石駅前(岩手県交通バス)


JR宮古駅の路線図。
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海沿いを走る山田線の上には、べったりと紙が貼られ......

でも、路線バスが走っています。
正確には鉄道の代行バスというわけではないので、
通し切符はなく、それぞれの区間で運賃を払う必要があります。
通勤や通学の定期券を持っている人はその限りではないようですが、
やはり日常の足として使うには、かなり不便でしょう。

しかしまあ、観光客である私としては、
いろんな種類の乗り物に乗れてたのしいや♪と、乗り込む。


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道路の右脇に並木状につづく木立は、あきらかに鉄路のあと。
2年半がたち、3度目の夏を越そうとしている今、
覆いかぶさるように木々が茂っています。
山田線の復活は、むずかしいのかなあ。


海から遠い山の中、バスは、プレハブがつらなる小さな広場に入って行きます。
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工事現場の「飯場」のような......、と思ったら、
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岩手県立山田病院仮設診療所。

私は、震災直後から数か月の間、テレビも新聞もいっさい見なかった、
見ることができず、目も耳もふさいでいた、「超」のつく、軟弱者です。
その私でさえ、「県立山田病院」の名前は知っていました。
あの大混乱を闘いぬいた、あの病院が、こんなところに診療所を。

そういえば手前の道路脇に、仮設住宅らしきプレハブを見ました。
そこの住人のための診療所でしょうか。
それにしても山の中なのです。
ただでも体調の悪い人が通うには、過酷な場所。


観光客気分がいっぺんに吹き飛んで、
意味もなく動揺しているうちに、バスは「道の駅やまだ」へ。
ここでバスを乗り換えます。

釜石に向かうバスと、その運転手さん。
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この運転手さん、「どっから来たの?」「ウニ食えたかね?」から始まって、
道中、たくさんのことを語って聞かせてくださいました。

乗客は、私のほかに、これもヨソモノらしき男性が一人だけ。
その人はいちばん後ろの席へ。
私は空いてさえいれば必ずここと決めている、いちばん前の左手の席。
私一人のために「震災ガイド」をしていただくかっこうになりました。


山田の町へ下りていく道。
ふいに、風景が一変しました。

以下、写真は、ありません。
カメラは、かばんにしまいました。

**

見わたす限りの緑の段々畑、は。
草に覆われた、家々の基礎でした。

すっかりうろたえた私は、愚かしくも泣き出しそうになって、
でもそのあたりから、地元の方がどんどんバスに乗り込んできて、
「段々畑」の真ん中にプレハブのクリーニング屋さんがあって、
ああ、歯医者さんもあって、
唐突に大規模なホームセンターが現れて、
花の苗とか売ってて、
――そこはたしかに生活の場、ちゃんと「まち」であるのでした。

こんなところで泣きだすわけにはいかない。

懸命にこらえていたら、ある停留所で、運転手さんの顔なじみでしょうか、
「やーやーどーもどーもー」と、にぎやかな男性が乗り込んできました。
日焼けした胸にジャラジャラと金鎖。
足には原色のビーチサンダル。
頭には、なんと、まっ白なテンガロンハット。

おかげで涙が引っ込みました。
ふう。

が!
あれはさっき運転手さんが言っていた「寺も流された」という、
そのお寺ではないか。
遠くの山すそに、なぎ倒されたままの墓石群が見える。
あれから3度めのお盆が過ぎてもなお、立て直せない人たちがいる。
お金が用意できないのか。
あるいはもしや、先祖を祀るべき、その人々が、いない、のか。

またまた動揺した目に、つぎに飛び込んできたものは、
土ぼこり舞う道路沿いに、ずらずらと並ぶ立て看板。
「日本を、取り戻す。」
えらく頼もしそうな薄笑みの安倍さん!

取り戻してよ。
早く。
早く!
取り戻すべきものは、ここにあるでしょう!
どこ向いてるんですか!

あえなく決壊。
いちばん前の席でよかった。
うしろのお客さんたち、気づかずにいてくれたと思います。
運転手さんには、ばれてたっぽい。
釜石で降りるときガイドのお礼を言ったら、
いやいやーと笑ってくれた顔が、照れくさくなるほどやさしかった。


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※「高台移転」の「高台」について少々。これは写真あり。(↓)

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東北旅5 宮古:想像力テスト

旅の2日目(9月10日)。

  久慈⇒田野畑(三陸鉄道 北リアス線)
  田野畑⇒小本(岩手県北バス)
  小本⇒宮古(三陸鉄道 北リアス線)

乗り継ぎ乗り継ぎ、宮古に着きました。

右手が三陸鉄道宮古駅。
左が、JR宮古駅。

ここからさらに南下しようとしても、JR山田線は不通のままです。
券売機の上の路線図に、白い紙の貼られているのが、哀しい。
でも駅前は、すっきりと整備され、人も車も元気に行き交っていました。

浄土ヶ浜で一泊した翌朝、少し時間があったので街を歩いてみました。
駅前からちょっと入ったところに、なかなか元気な商店街を発見。
魚屋さんが開店準備中。
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「写真撮ってもいいでしょうか。」
「いいよー!」

おお、もうシャケが上がっているのか。
ホヤもあるぞ。
天然あゆは、さすがに高いな。
宮古の人はイカを箱買いするんだろうか。
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サンマも順調に揚がりはじめたらしい。
サンマというのは、ほんとうにうつくしい魚であるよなあ。
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5匹で300円というのから、1匹360円のものまで、
こまかに等級づけされて、買い手を待っていました。

ふとん屋さんには、ふかふかのお買い得品。
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がんばれ!三鉄!

赤いエプロンのお母さんに連れられてお散歩中の柴わんこが、
私を振り返り振り返り、遠ざかる。
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※ここからが本題です。想像力、の話。(↓)
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カラスにかこつけ



やねのうえに なにか いるです!
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先日、ゴミを出しに行ったら、近所の女性が2人、立ち話をしていた。
「このごろカラス多くない?」
「そういえば、すごく増えてるねえ。なんかキモチワルイ。」
で、私が「巣立ちの季節ですもんねえ。」と口をはさむと、お2人はきょとん。

えっと、つまり、今は巣立ちの季節であるから、
ひと家族に2〜3羽ずつ生まれたとして、
軽く見積もっても「ふだんのカラス人口」の2倍にはなってるわけです、
冬を越すころには淘汰されて、また「ふだんの数」に戻るはずです、
と、たどたどしく説明するも、
「でも前はこんな多くなかったわよ。」
「そうそう。これもやっぱり温暖化のせいかしらねえ。」
と、なんだか大きく話をシメられてしまったのでした。


うーん。
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感想その1.
同じ事実を見ていても、背景知識の有無によって、
印象は大きく左右されるものであるなあ。

感想その2.
あまりにも見慣れたものが対象である場合、
じつは自分がそれについて「知らない」ということに、
人は気づきにくいものであるなあ。


ウリはいろいろ素直に気づく子。P1040483.JPG


私は、たまたま虫だの鳥だのを見るのが好きで、彼らについて不思議なことを見つけるとちょっとは本を調べたりするのも好きで、だから夏を迎えて、(カラスに限らず)鳥たちの数が(一時的に)急増することや、その理由を意識していたけれども、そういうことに関心が薄い人は、ある日突然、カラスが増えていることに気づくと、やみくもに不気味に思ってしまうのでしょう。

そして、その原因を「知ってる人」(=僭越ながらこの場合はワタクシね)から知らされても、カラスなんてあまりにフツーの生き物だから、カラスについて自分たちの知らないことがあるかもしれない、なんて思いもよらず、だから、「へえ、そうだったの!」とシンプルに感動することもできないのでしょう。


ウリの頭上には、しょっちゅう電灯がともる。
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感想その3.
私にも「知らないということすら知らないこと」がたっくさんあるのは間違いない。見慣れたものにこそ、心の目はつむらないようにしておかねばイカンな。そして誰かがそこに知識の種を落としてくれたら、「うわ、知らんかった!」としっかり驚ける人でありたいな。そのほうが人生おもしろくなるし、な。

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何の予定もない週末、つらつら考えたことでありました。
ネイティブにとっての日本語も、同じようなものでありましょう。
それが慣れきったものであるほど、発見のヨロコビも、大きいはず。
このブログも、母語話者の人々に「おおぅ!」の種を提供できたらいいな。
と思いながら、書いておりまする。


そのわりに最近、日本語ネタが少なくてスマンことですが、
まあ前払いで(!)、応援のほどをおひとつ、
ぽちっとお願いたてまつります。

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※この季節の子連れのカラスたちは、見ていてふだんの倍たのしい!
 親に食べ物をねだる子ガラスの声は、ガラにもなく甘くてかわいいし、
 めでたく餌を口に押し込まれて「うぐあがが」ってなるのも、お茶目。
 カラスを好きになるなら、今がチャンス♪
 
(好きなものは多いほうがいいでしょう?)

※数あるカラス本の中で、近年の大ヒットはこれ。
 
松原始『カラスの教科書』(雷鳥社) 
 文章もイラストも本の構成も、どうにもこうにも、おもしろい。

拙著『日本人の日本語知らず。』も、やけにエラそーなタイトルですが、
 目ウロコ撤去の快感を味わっていただきたくて、書きました。
 1,050円です。まだのお方は、ぜっひご購入くださいませ〜。


会えてよかったよ。






虹の橋を渡る
という言い方があります。
こそばゆい表現です。
でも、
うん、
今はこの世にいないたいせつな者たちは
やっぱり空の向こうにいるって、思う。

梅雨の晴れ間の青い空と
イノチもりもりの緑を見ていると、
ニャンタ
どこか、はるかな空の高みで
かすかにのどを鳴らしながら
まどろんでいる気配を
すんなり感じられちゃうんである。

ニャンタが橋を渡って、5年。
今は
さみしいような
ぬくいような
ま、
総体として悪くはない気分。

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ペットを家族に迎えると
そりゃいつかはつらい別れが来るわけで、
足摺りして泣き喚くしかない悲嘆や
心がバラバラになるような後悔も
経験しなくちゃいけないけど、
それでもこの
「さみしいようなぬくいような」気分を知ることは
ほんと、
悪くないです。

こういう気分、
知らないよりは
知ってるほうが幸せじゃないかしらん。

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いつまでも
死んだ飼い猫のことを
ぐずぐずと記事にするのはどうかと思いますけれども、
「動物は死ぬからイヤ。」っていうだけの理由で
この幸せを放棄していらっしゃる方があるとしたら、
それはもったいないと思うんです。

あなたと暮らすことができれば
あなたの人生を確実にゆたかにしてくれる
毛玉たちがいますよ。
ここに、いますよ。
いかがですか?

ニャンコ・ワンコと暮らしたくなったら!
いつでも里親募集中





ありがと
ニャンタ
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読書感想文



おばちゃんが まじめくさって なにか かいてるです。
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あい。
きのうの文型解説にあげた2つめの例文;

被災地の復興には、迅速果断の中にも、環境へのこまやかな配慮が求められる。

にことよせた、読書感想文です。



きっと たいくつにゃ。
P1000876.JPG


そうかもしれないけど、どうしても、書いておきたくて。

読んだ本は、こちら。
いっしょにお読みいただけたら、うれしいです。


『巨大津波は生態系をどう変えたか』
永幡嘉之(講談社ブルーバックス)






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※つたない感想文、読んでくださろうという方は、つづきをどうか。(↓)
続きを読む >>

3月11日



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また、この日がめぐってきました。


「日にち薬」ということばがありますが、
あれは、効いてはいけない人にも効いてしまうもののようです。

人はいつまでも衝撃を衝撃の形で抱え込んでいることができない。
そんなことをしたら、心も体も壊れてしまうからでしょう。

でもやっぱり、ときには、「日にち薬」を無理にもはがして、
衝撃を受けた日のことを、生々しく思い出してみる、衝撃を受けなおしてみる、
そんな行為も必要なのではないでしょうか。

もちろん、直撃を受けた人は、そんなことはなさらないでください。
これはたまたまあの日、安全なところにいて、直撃をまぬかれた人の話です。

東日本大震災は、天災ではすまなかったから。
天のしわざとあきらめることなどできない死が、あまりに多かったから。
神の恣意と受け入れることなどできない破局が、たくさんたくさんあったから。
そしてそれは、2年たった今もなお、続いているから。

生きていたかもしれない家族をさがしに行くこともできず、
共に暮らしていた動物たちを見殺しにすることを強いられ、
ふるさとの家を、山を、田を、幼友だちを、ことばを、奪われた、
福島、フクシマ、Fukushima。

あれは、地震のせいなどではなかった。
人がもたらした厄災そのものだった。

だから、たまたま無事だった人は、繰り返し繰り返し、
衝撃を衝撃として、反芻し続ける必要があると思うのです。


無理に沈み込むのは、ナンセンス。
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でも、小さな声に耳を澄ましたり、
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この2年間をふり返ったり、
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足もとを見つめなおしてみたり、
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そうして、

たとえ小さなことでも、

自分にできそうなことを見つけたら、

ためらわず、

ちょっかいを出してみる。


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一人ひとりのそんな姿勢が、
あの日、不幸にして直撃を受けてしまった人たちを
ほんのすこしでも、元気づけることになるかもしれない。
そうだといいな、と思います。




日本の内外で子どもたちのために絵を描く人たちが、
手から手へ、温かい力を伝える作業をしてくださっています。
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↑のポスターをクリックすると案内のサイトに飛びます。


安曇野では、すでに始まっています。
作家をまねいての楽しそうなワークショップなどもあります。
3月は多くの人にとって、とてもつらい月になってしまったけれど、
それでも、春はちゃんと来ています。
あたたかい春が、安曇野に運ばれてきました。



あの原発事故(事件!)を
なかったことにだけは、しない。
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※1年前の3月に考えたこと。⇒「ことばが、死ぬ。」
※「手から手へ」展を立ち上げた、降矢ななさんについての記事。⇒